2026/07/20 Mon JOURNAL 私はチャットではなく文通がしたかった 続きを読む 私は短い文章を何度もやり取りするような即レスよりも、一つ一つ長めの文章でゆったりやり取りする方が好きです。 イメージとしては、SNSやチャットよりも文通に近いのかもしれません。 一通にその時伝えたいことをまとめ、お互い時間のある時にゆっくり返事を書く。 そんなやり取りに心地よさを感じます。 しかしSNSやLINEが主流になった今は、短文での即レスの方が好まれるのかもしれません。 最近あった出来事で、相手は即レスな一方で、私が一時間後くらいに返信していた時は、やり取りを始めて4往復ほどでフレンドを解除されてしまったこともありました。 ちなみにこの時は長文ではなく、相手と同じくらいの文量でやり取りしていました。 あれが返信速度だけが理由だったのかは分かりませんが、「返信が遅いと合わないと思われることもあるのかもしれない」と考えるようになりました。 私の返信が遅いのは、短文でも長文でも推敲に時間がかかること、一人で何かに集中している時間が長いため、作業がひと段落した時や夜になって落ち着いてから返信を考えることが多いからです。 こまめにメッセージを確認しないのも、一人で集中している時間を大切にしたいからです。 そんなことを考えながらジャーナルを見返していると、自分の文章はあまりにも長いなぁと改めて思いました。 ジャーナルは誰かとのやり取りではなく、自分の記録なので長くなっても構わないと思っていますが、コミュニケーションではそうはいきません。 しかし楽しいとつい熱量が上がって長くなってしまいます。 私は好きなことや自分の考えを書くと、詳細に書いてしまう癖があります。 端的にまとめるのが苦手というのもありますが、それ以上に具体的にきちんと書きたい、なぜそういう考えに至ったのかという過程も書きたい、「誤解なくしっかり伝えたい」という気持ちが強いのだと思います。 ふとインターネットで「長文を書く人」について検索してみると、否定的な意見がたくさん出てきました。 特に、「読む相手の負担を考えていない」「長文で時間を拘束される」という意見を見た時は衝撃でした。 私は、即レスのやり取りの方が時間を拘束される、逐一スマホやアプリを開かなければならないのでストレスがかかる、人の負担を考えていない、と感じていたからです。 内容の薄いものを複数回やり取りするよりも、内容の濃いものを一度に送った方が良いものだと思っていたのです。 即レスでのやり取りを好む人と、私のようにマイペースにゆったりとしたやり取りを好む人がいること自体は、以前から何となく感じていました。 ただ、私にとって短文での即レスが負担なように、短文でテンポよくやり取りすることを好む人にとっては、「長文で返信が遅いこと」そのものが負担になるという考え方を今回初めて知りました。 だから、世間の人が好むコミュニケーションと、自分が好むコミュニケーションには、思っていた以上に大きなズレがあるのだと認識しました。 ここまで考えて、ふと思いました。 私がSNSに苦手意識を持っているのは、リアルタイムなコミュニケーションの要素が強いからかもしれません。 私は対面で話すことや電話、通話で話すことがすごく苦手です。 頭が真っ白になってパニックになってしまいます。 一方、文字ならば整理しながら書けますし、見返して推敲してから送信ができるので安心感が段違いです。 最近まではSNSも、言葉を考えてから投稿できるという意味では安心感があると思っていました。 それなのに、なぜかSNSを使っていると疲れてしまう。 そんな違和感がずっとありました。 それが今、分かった気がします。 その違和感の正体は、SNSにもコミュニケーションの即時性があるということでした。 いいねやリプライなどが来れば、すぐに通知が来ます。 すると、「すぐに返信しなければ」「通知を見なければ」という気持ちで焦りが出てきます。 通知は切っていますが、アプリを開いていれば即通知マークが付きますし、時間を置いて確認しても、通知の有無だけで心が乱されてしまいます。 一方で、即時性そのものは好きです。 思いついたことを、その瞬間に記録したり発信したりできることには魅力を感じます。 私は長文を書くことも好きですが、それとは別に、自分の考えや記録、軽い感想などを気軽にポンポンと発信したい気持ちもあります。 だからこそSNSには惹かれる部分もあります。 でも、コミュニケーションだけは別でした。 私が本当に求めていたのは、チャットのようなリアルタイムの会話ではなく、文通のようなやり取りだったんです。 思いついたことは自由に発信して、お互い返信は時間のある時にゆっくり書く。 返信が数時間、数日空いても気にならず、一通に伝えたいことをまとめて送る。 私が心地よいと感じるコミュニケーションは、昔からずっとそんな形だったのだと思います。 SNSでは、リプライは後で返そうと一旦置いておいて好きなことを呟いていた場合、「リプライを無視されている」「気付いていないのかな?」と不安になってしまう人がいると思います。 私自身がそうだからです。 なので、どうしてもリプライが来たら先に返信しなければと思ってしまいます。 思いついたことを自由に発信したくてSNSを開いたはずなのに、気付けば「返信しなければ」という気持ちに支配されてしまう。 私がSNSに感じていた息苦しさは、案外そこにあったのかもしれません。 あの時フレンドを解除された理由が本当に返信速度だったのかは分かりませんが、あの出来事をきっかけに、自分が心地よいと感じるコミュニケーションについて考えるようになりました。 だから今は、SNSは情報収集や閲覧を中心に使い、自分の考えや日々の記録はてがろぐに書くという今のスタイルが、自分には一番心地よいと感じています。 #SNSの話
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私は短い文章を何度もやり取りするような即レスよりも、一つ一つ長めの文章でゆったりやり取りする方が好きです。
イメージとしては、SNSやチャットよりも文通に近いのかもしれません。
一通にその時伝えたいことをまとめ、お互い時間のある時にゆっくり返事を書く。
そんなやり取りに心地よさを感じます。
しかしSNSやLINEが主流になった今は、短文での即レスの方が好まれるのかもしれません。
最近あった出来事で、相手は即レスな一方で、私が一時間後くらいに返信していた時は、やり取りを始めて4往復ほどでフレンドを解除されてしまったこともありました。
ちなみにこの時は長文ではなく、相手と同じくらいの文量でやり取りしていました。
あれが返信速度だけが理由だったのかは分かりませんが、「返信が遅いと合わないと思われることもあるのかもしれない」と考えるようになりました。
私の返信が遅いのは、短文でも長文でも推敲に時間がかかること、一人で何かに集中している時間が長いため、作業がひと段落した時や夜になって落ち着いてから返信を考えることが多いからです。
こまめにメッセージを確認しないのも、一人で集中している時間を大切にしたいからです。
そんなことを考えながらジャーナルを見返していると、自分の文章はあまりにも長いなぁと改めて思いました。
ジャーナルは誰かとのやり取りではなく、自分の記録なので長くなっても構わないと思っていますが、コミュニケーションではそうはいきません。
しかし楽しいとつい熱量が上がって長くなってしまいます。
私は好きなことや自分の考えを書くと、詳細に書いてしまう癖があります。
端的にまとめるのが苦手というのもありますが、それ以上に具体的にきちんと書きたい、なぜそういう考えに至ったのかという過程も書きたい、「誤解なくしっかり伝えたい」という気持ちが強いのだと思います。
ふとインターネットで「長文を書く人」について検索してみると、否定的な意見がたくさん出てきました。
特に、「読む相手の負担を考えていない」「長文で時間を拘束される」という意見を見た時は衝撃でした。
私は、即レスのやり取りの方が時間を拘束される、逐一スマホやアプリを開かなければならないのでストレスがかかる、人の負担を考えていない、と感じていたからです。
内容の薄いものを複数回やり取りするよりも、内容の濃いものを一度に送った方が良いものだと思っていたのです。
即レスでのやり取りを好む人と、私のようにマイペースにゆったりとしたやり取りを好む人がいること自体は、以前から何となく感じていました。
ただ、私にとって短文での即レスが負担なように、短文でテンポよくやり取りすることを好む人にとっては、「長文で返信が遅いこと」そのものが負担になるという考え方を今回初めて知りました。
だから、世間の人が好むコミュニケーションと、自分が好むコミュニケーションには、思っていた以上に大きなズレがあるのだと認識しました。
ここまで考えて、ふと思いました。
私がSNSに苦手意識を持っているのは、リアルタイムなコミュニケーションの要素が強いからかもしれません。
私は対面で話すことや電話、通話で話すことがすごく苦手です。
頭が真っ白になってパニックになってしまいます。
一方、文字ならば整理しながら書けますし、見返して推敲してから送信ができるので安心感が段違いです。
最近まではSNSも、言葉を考えてから投稿できるという意味では安心感があると思っていました。
それなのに、なぜかSNSを使っていると疲れてしまう。
そんな違和感がずっとありました。
それが今、分かった気がします。
その違和感の正体は、SNSにもコミュニケーションの即時性があるということでした。
いいねやリプライなどが来れば、すぐに通知が来ます。
すると、「すぐに返信しなければ」「通知を見なければ」という気持ちで焦りが出てきます。
通知は切っていますが、アプリを開いていれば即通知マークが付きますし、時間を置いて確認しても、通知の有無だけで心が乱されてしまいます。
一方で、即時性そのものは好きです。
思いついたことを、その瞬間に記録したり発信したりできることには魅力を感じます。
私は長文を書くことも好きですが、それとは別に、自分の考えや記録、軽い感想などを気軽にポンポンと発信したい気持ちもあります。
だからこそSNSには惹かれる部分もあります。
でも、コミュニケーションだけは別でした。
私が本当に求めていたのは、チャットのようなリアルタイムの会話ではなく、文通のようなやり取りだったんです。
思いついたことは自由に発信して、お互い返信は時間のある時にゆっくり書く。
返信が数時間、数日空いても気にならず、一通に伝えたいことをまとめて送る。
私が心地よいと感じるコミュニケーションは、昔からずっとそんな形だったのだと思います。
SNSでは、リプライは後で返そうと一旦置いておいて好きなことを呟いていた場合、「リプライを無視されている」「気付いていないのかな?」と不安になってしまう人がいると思います。
私自身がそうだからです。
なので、どうしてもリプライが来たら先に返信しなければと思ってしまいます。
思いついたことを自由に発信したくてSNSを開いたはずなのに、気付けば「返信しなければ」という気持ちに支配されてしまう。
私がSNSに感じていた息苦しさは、案外そこにあったのかもしれません。
あの時フレンドを解除された理由が本当に返信速度だったのかは分かりませんが、あの出来事をきっかけに、自分が心地よいと感じるコミュニケーションについて考えるようになりました。
だから今は、SNSは情報収集や閲覧を中心に使い、自分の考えや日々の記録はてがろぐに書くという今のスタイルが、自分には一番心地よいと感じています。
#SNSの話